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思想と思想の絡み合い「セッション・感想」

 

セッションを観ました!!

 

個人的には文句なしの傑作だと思います。

ララランドよりもよっぽど好きだな。

 

思想と思想の絡み合い=セッション

フレッチャーの好感度が、最後まで一定としない作りが素晴らしいと思います。

そこは彼の教育技法によるものなのですが、教え子の境遇に対して親身な言葉を投げかけたかと思いきや……生徒を厳しく罵倒して最低な一面を見せたかと思いきや、教え子の死に涙を流す姿を見せたりしたかと思いきや……暴力付きの罵倒を加えたりする……。

でもニーマンと視聴者はフレッチャーのいい面を見るたびに思ってしまうわけです。

「あれ? この人、本当に音楽を愛しているだけなんじゃないか?」

と期待してしまうのです。どこかでこのふたりが決定的に噛み合うのではないか!? と期待をしてしまうのです。

その期待こそが、この映画全体の牽引力につながっている。キャラ造形と物語の進行が非常にうまく噛み合っている。

 

キャラとキャラの属性の噛み合わせだけで物語になっている。これは音楽ジャンルというよりもキャラもの・属性ものと言ったほうが適していると思います。

これは「なにがなんでも偉大になりたい男」と「なにがなんでも偉大な音楽家を生みたい男」の関係性の映画。

ある思想を持ち合わせたもの同士の絡み合い。まさにセッション!!

 

Good jobじゃ終われない

この映画の象徴的なシーンとして「Good job」のくだりがあるが、まさにこの映画こそが「Good jobじゃ終われねえんだよ!!!」という思想を見せつけた映画だと思います。

 

この映画のグッジョブ的な終わり方っていうのは、まさに最後のライブが「なんだか大団円的な雰囲気で成功して、師弟は互いを認め合いましたー」って感じじゃないですかね。でもこの終わり方も悪くないし、なんならこっちのほうが売れそうな気はするのですが……デミアン・チャゼルはそれを許さないわけですね。グッジョブじゃダメなんです。

 

ニーマンとフレッチャーが「セッション」するにはあの展開でしか有り得ない。指揮者であるフレッチャーを無視して、ニーマンは己の意思でドラムを叩き始める。

あの瞬間についにふたりは師弟を超えて、対等な関係性を形成しはじめる=セッションしはじめるわけですよ。

師弟の関係性を破壊する展開なくして、セッションというタイトルにはなり得ない。

 互いと互いの思想が絡み合って、ひとつの目的を果たす。それが例え歪な形であろうとも……最高!!!

 

この映画を音楽映画として評価すれば、そりゃ当然間違っているのだと思う。

しかし、関係性の映画としては最高峰の出来になっていると思う。傑作です!!

 

 

こちらも関係性の映画

ですが、私は個人的に好きになれなかったな。彼らの人間性のほうが、私はよっぱど好きになれない。独善的で傲慢に思える。 クリスマスのピアノのシーンなんて非常に腹が立った。

けれど、キースが最高にいいキャラだったのでよしとしている。キースのためにもう一回観たい。

 

 

音楽映画のおすすめ!!

 映画館で号泣するくらい素晴らしい。

昔、バンドをやっていたっていう人は絶対観るべきだと思う。こんなにも「音楽が生まれる瑞々しい瞬間」を切り取った映画は他にないと思う。

 この映画、サントラがほんっっっっとに素晴らしいので、映画観てサントラも聴いてほしい。