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日村を彩るということをわかってない「イロドリヒムラ・感想」

映画

 

イロドリヒムラ観ました。

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 やはりバナナマンフリークとして見逃せないな……と思い、一気に観ました。

でもまあ……端的に言うと、観なくてもいいかな。

 

 

感想

はっきり言って微妙でした。

10人の監督を起用してそれぞれが日村を用いて短編をつくる、という作品なのだけれど、ほとんどが日村を用いる必要性のある映像になってない

別のブサイク芸人とか、もはやブサイクでなくともよい作品まであって、もうなにがしたいのかな? と思っていた。

 

日村勇紀に対する当時の世間イメージって、やはり「ブサイク」が先行して、そこを一個超えちゃって、もはや「モンスター」の域にまで達した……って感じだと僕は思っています。

見た目がモンスターっぽい、そして掘り下げていくとどうも精神的にもモンスターっぽいぞ! こいつおもしれえ! というのが日村さんのパブリック・イメージだと思います。

そういう「日村らしさ」っていうのを活かそうとする作品がほぼ無い!

 

日村勇紀を使うなら「ブサイクと美人の恋」とかそういう洒落臭い括りで脚本を書いてちゃダメだと思うんですよ。

「モンスターが人間に恋してしまった」という異形の恋みたいなもののほうが、日村勇紀を用いるならば親和性がグッと高いと思いますよ。

日村を使うというだけでハズしになっていることに甘えて、そこにベタを放り込んでもやっぱりいいものにはならないんですよ。

世間的には日村がブサイクっていうのが麻痺し始めた時期だからこそ! 日村の個性を再提示するような作品でなければいけないはずだったと僕は思いました。

日村の先天的な外的・内的のモンスター性を引き出すような怪作を作るチャンスなのに、なに無難な作りにしてんだおらあ!! 俺にやらせろ!!!

 

そういう意味で異形の恋を扱った第4話の「海辺の恋」(犬のやつ)とかよかったですよ。犬的な所業が日村さんだとコミカルに写って、絵的にキツくならないけれど絶妙に似合う!という上手い落とし所だったと思いました。

 

第9話の沖田修一監督作品も発想は面白いと思いました。

日村の顔面って化物じみているよね、という発想を用いて人ならざるものとして扱うのは、まさに日村さんにしかできないことですよ。実際の物語が面白いかどうかはまた別として。

日村を肩書にしちゃうという発想も面白かったです。でも、それをするならば「日村であることの受難」をメタ的に書いたほうが絶対面白かったと思うんだけど。

 

 

で、この「イロドリヒムラ」の番組コンセプトである「毎回変わる女優」を用いて日村を彩る……というものに一番適した作品が最後の設楽監督&オークラ脚本なんですよね。

全体を通して普通に物語としての面白み、日村を使うことの意義、テレビドラマ的な笑い、そういうものがちゃんと成立できていた。

まあ日村を彩るのが本業みたいな二人に敵うわけがなかったという、至極当たり前の結果ではあるのですが、それにしても他の監督だらしねえなあ!と思わなくはない。

 

ちゃんと日村が見た目的にブサイクであることを前提として、それでもなお好きになる人はいる……という価値観を女性視点から語る。

毎回変わる女優の中に、日村を好きな人もいる……という最終話ならではの多様性の表現にもつながっていてとてもいい導入でした。

日村の日村たりえる部分を余すことなく表現し、最終的にそれを破壊する。そしてそれを「アリ」にできるのが日村のポテンシャルである! と言わんばかりのラストでした。

 

ってことで、個人的は4,6,8,9,10話あたりは観てもいいかな……と思いました。

以上!

 

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 今年は出るのちょっと遅いですね。超楽しみです。

 

 

 

 

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