読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読者には誤読の権利がある

だから勘違いした感想書いてても許してほしい

こだわりやっかい

他愛もないやつ

 

まあ、こだわりってやつは実に厄介だと思うんですよ。

 

最近僕はですね、ちょっと靴紐に凝っているんですよ。

「え、なにカッコつけてんだようぜえよ」と思われた方……ちょっと待っていただきたい。

僕だって突然「最近、靴紐に凝ってるんだよね」とか言われたら「くっせぇぇぇ」と思って今後極力関わり合いがないように努めることだろう。

それは僕自身わかっているうえで、ちょっと鼻につく話をさせてほしい。

これはあくまでこだわりの話の枕だ。

 

靴紐にも結構いろいろあって……ぶっちゃけそのあたりは割愛するけれど、いろいろ種類とか豊富にある。

靴紐によって、靴の見え方がかなり変わるし、靴紐がダサいと靴全体がダサくなることもままにある。

結び方もいろいろとあって、フットバックだったりハッシュだったり……いろいろある。靴紐の色を一本ずつ変えるって方法もある。

僕は靴紐にこだわりだすようになってから、よく他人の靴紐に目がいくようになった。

自分がこだわりを持ち出すと、共通のこだわりをもっている人がいないものか?と探しだすような習性が僕にはあるみたいだ。

そしておそらく、誰にでもあるのだろう。

他人には理解できないような、嗜好の類っていうのは多かれ少なかれ誰にでも存在する。

同じこだわりを持つ人間をみつけると嬉しくなったり、一目置いてみたり、突然話しかけたくなったりすることがある。

 

逆に理解できなければ、気がつくこともない。

例えば、人の靴紐なんて普段から見ることがあるだろうか?

靴紐見るよー、という人は「そういうこだわり」を自分がもっているってこと。

 

つまり、人を評価する基準は「自分のこだわり」が下敷きになっているということだと思う。

これは非常に当たり前のことなのに、結構忘れがちだ。

自分の好みによってフィルターをかけて他人をみていることを、結構忘れてしまうことがある。

自分からみた「その人」なだけであって、本当のその人の「こだわり」……まあつまり人間の本質的な部分は共通項がない限りは見えてこないと思うわけです。

 

 

だから、近しい人が理解できないようなこだわりをもっていても「なんだあいつよくわかんねーなー」とすぐ思うんじゃなくて、それがわかるようになるまで待ってみるか……理解できるようにちょっと近づいてみることが大事なのかな……と思います。

それができそうにないなら極力ほっといてください。

正直、これが言いたいだけだった……。

 

 

まあ他人のこだわりなんて、理解し難いもののほうが多いよね。

広告を非表示にする