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しっごとやめてー

 

働き始めて1年が経った。

仕事は去年の10月11日から微塵も変わらず、すっごく辞めたい。

 

あんまりこういう記事は書かないようには心がけているんだけど、久しぶりに突発的に仕事が辞めたくなったので、記念としてここに記しておくことにする。こういう感情は忘れないようにしないといけないからね。別に自分のブログとか読み返したりしないけど、書いたことは基本的に忘れないから。

 

 僕は基本的に自分が怒られたりミスしたときには辞めたいとか嫌だなあ……とか思わない。けど、自分が好きな人が理不尽な怒りに晒されているのをみると猛烈に辞めたくなる。

理不尽な怒りだから、肩入れしたとしても火に油を注ぐような結果となり、どうすることもできない。そんな自分に腹が立ってくるし、そんな人間が怒っている姿を観ているのもうんざりして絶望する。その場にいたくなくなる。

理不尽な怒りをまき散らしているのが自分の上司であればなおさらだ。

 

自分の上司の姿が何年か先の自分の姿。

そんな言葉をみつけたとき、僕は「あーじゃあここにいたらダメだなあ……」と心の底から思った。「この場にいたらああなっちゃうのか、そりゃごめんだな」と思う。

 

結構いい年した上司が機嫌の悪さを起因とした怒りを、逆らえない相手に対して撒き散らしているのを見ると、本当に深い溜息をついてしまう。だいたい全てのことがくだらなく思えて、そいつと関わっている自分が恥ずかしく思えてくる。1秒と同じ空間にいることが耐えられなくなり、そんな毎日が明日も続くことを思い出すと、突発的に死にたくなる。

けど、仕事で心を病んで自殺することが心底くだらないことだとわかっているぐらいの賢明さは持ち合わせているので、最終的に「あ、仕事やめよ」ってなる。

 

ほんと上司を回し蹴りで殺す以外の選択肢が浮かんでこない自分は、実際のところ頭が足りてないなーと思う。結構困っている。もっとうまいことやれるような器用な人間だったらなあ……と思うのだけれど、なんかまあそうも上手くいかないみたい。

 

僕は割と激務とかは平気なタイプだ。でも人が嫌いだと30分も働けない。一緒にいる人間が好きなら、辛いことはいくらでも耐えられる。でも嫌いな人と一緒にやることは、どんな幸福なことですら、苦痛になってしまう。それが客観的に幸福な姿であろうとも、まったくもって幸福に感じない。

別にこんなこと誰だってそうなんだろうけど、改めて再認識。

 

先輩に「キミはこの会社にいる人間としてはかなり長いほう」と言われた。働き始めて大体1年間ぐらいが経っただろうか。

くしくも今日が採用通知をもらった日というのは、なんともまあ運命的だなあと思った。こんな記事を書きたいと思ったのも、去年の自分を思い出したからだからだろうか。真相はわかったもんではないけども。

で、1年間働いてみて、どうやらここで2年目を過ごすことにあんまり価値はないと思った。正直なところ仕事はそこまで忙しくないんだけど、あまりにも嫌いな人間が多すぎるし、給与が低すぎるし上がる気配がまったくない。

結婚とかあんまり考えたことはないし、これからもできる気がしないけれど、誰かを養っていけるだけの甲斐性はもっていたいな、とかんがえるようになった。これは仕事し始めてから強く思うことだ。

 

でもやはり僕がもっとも嫌悪するのは、好きな人が無意味に虐げられることだ。

 

僕の好きな人たちが理不尽に傷つくところを観るくらいなら、僕はそんなものが知らないところにまで逃げてしまいたいと思う。そのほうが幾分マシだと思ってしまうようなタイプの人間なんだな……というのは働き始めた1年間でわかったことだ。

 あー結局僕は馬鹿げた理想論者なんだな、という思考からは逃げられないみたいだ。

いまだに大学生気分から抜け出せてないみたいなんだなあ……うーむ。

 

 さっさと、さよなら御社を実現したいですね。

 

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?

 

 働く、ということを見直せる一冊。これもまた是非感想が書きたい。

 

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