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喰う寝る僕の「くーねるまるた」

 

くーねるまるたを読みました

くーねるまるた 1 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

くーねるまるた 1 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

 

気になってはいたのですが、なかなか手に取る機会に恵まれないなあという作品だったのですが、今回ふと目に入った瞬間に即座にレジまで運ぶことができました。我ながら購買欲をそそられる瞬間に統一性がないので、なんなんだろうなあ……と思いながらお家に帰って読んでました。

 

 

理想の生活だこれ

愛も変わらず食事ものが好きな僕なのですが……今日ふと気づいたのですが、僕は食事物が好きだというよりも、生活ものが好きなのかなと思いました。

食事って生活の一部なんですよね、当たり前ですけど。食事シーンから垣間見えるその人の生活を覗き見るのが僕は好きなのかもしれません。……字面だけみると偉く倒錯的な変態っぽくみえますが、そんなことはありません。僕はやや正常な人間です。

 

くーねるまるたを読んでいて思ったことは「この生活最高だな」とか「これが理想なんだよなあ」とか、そういう感情でした。

マルタさんは文学的教養のあり社交的で美人な外国人ですが、非常に貧乏です。

だけれど、貧乏だからこそできる生活の工夫をしながら生活をしています。

これがたぶん僕のツボなんですね。

僕もこういう生活したい!と思ってしまうんです。

 

貧乏はしんどいですが不幸ではないと僕は昔から思っていて、金がないなら金がないなりの幸福を求めればいいというのが僕の持論です。

そりゃ金がある幸せもあるんでしょうけど、別にある程度あればもういいよというタイプなんです僕は。

マルタさん自身はお金に関してどう思っているかはわかりませんが、築70年のアパートでビニールプールにつかりながらだらだらしたり、ザリガニを釣りにでかけたり、週に一回の銭湯を楽しんだり、毎日おいしいものを工夫で作り上げてる姿をみると「あ、これ僕の理想に近いなあ」と思ったんです。

作中での時間がやたらとゆっくり過ぎているのも、読んでいて多幸感がある要因なのかもしれませんが、彼女が貧乏であることを大して悲観していないというのがこの本の心地よさの根幹なのではないかと僕は思います

 

貧乏であることは間違いなく不便ではあるのですが、それが幸福か不幸か決める要素にはなりえないという手垢まみれの結論に至ってしまいます。

だってどうしてもマルタさんが不幸には見えないんだもの。

概ね彼女は幸せそうで、僕もきっと同じ生活をしたら幸福に違いないんだろうなと思ってしまうんですよ。

僕も食って寝て、それでいいや……って思える生活がしたいんですね。

っていうか、幸福ってそもそもそういうことなんじゃないのかな……と思っている次第です。社会人になってから自分にとっての幸福がかなりはっきりと掴めるようになってきましたが、この漫画を読んで更にその地盤を固めることができました。

年をとったら考え方も変わるのかもしれないですけれど、少なくとも今の僕は彼女のような生活をひとつの理想として掲げていたいです。

 

 

まとめ

真面目にこの漫画を語るとするならば、後半からマルタさんのモノローグが多くなり、日本文学もしくは海外文化を食事と絡めながら話を進めているので「あ、こういう方向性を模索しているのかな……もしくはこういうコンセプトにシフトするための前振りだったのかな?」と思いました。

コミックス前半は多幸感を演出しつつマルタのキャラを描いて、後半になってからは食事や文化を主軸にそえてマルタは語り部に移行させている話が多くなっているところをみると、本来やりたかったのは後者なのかなあと思いました。

僕個人はどちらも好きなので、バランスよくやっていただけると嬉しいなという感じ。

 

さらっと読めるのでふとした時間に読み返すのに最適ですね。

説明過多にならないような配慮もみられるので、作者様はこの漫画がどういう位置づけになるべきなのか知覚しているのだと思います。1話が短いページ数だから詰め込みすぎないように配慮しているのでしょう。

 

気持ちをフラットに戻してくれて、自分にとっての理想の生活を思い出させてくれるよい作品でした。

是非、続刊も読んでいきたいと思います。

この作品の僕個人の目的としては「理想の生活を思い出す」ということなので、結構ゆっくりとスパンをあけて読んだほうがよさそうだな……と個人的に思いました。

 

 もうこれ僕が欲しいわ。

 

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