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読者には誤読の権利がある

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きっといつまでもずっと「甘々と稲妻・3巻感想」

 

甘々と稲妻の3巻を読みました

甘々と稲妻(3) (アフタヌーンKC)

甘々と稲妻(3) (アフタヌーンKC)

 

 

相も変わらず僕は食べ物が出てきて、人が幸せそうな漫画が大好きです。

甘々と稲妻も早いものでもう3巻。じわじわと人気がではじめていて、結構いろいろなところでタイトルを目にする機会が増えました。

発売を楽しみにまっている漫画のひとつ。

読んでいるときの多幸感では他の漫画よりも頭ひとつでていると思います。

 

おとなもこどもも

2巻に続いてツムギの成長が窺える巻となりました。1巻に比べると語彙も増え、感情の振り幅も出てきました。なぜ喜怒哀楽が自分の中からは生まれるのかはまだわからないし、どう制御するのかもわからないけれど、対処の仕方は少しずつわかってきた……という感じでしょうか。

どんどんと表情を変えていくツムギをみているだけで幸せな気持ちになれている自分を発見した時、「子供が生まれると優しくなるよ」と言われたことを思い出した。まだ僕には子供はいないし、今のところ欲しいとも思ってないけれど、少しだけ未来を明るくできるようなそんな気がしました。

 

ツムギは我慢ができるいい子ですね。心の底から微笑ましい。でもわがままもちゃんと言える子なのもより微笑ましさを増している。

挙動も非常に子供っぽさが現れていて(包丁を使うときにもう片方の手が握りこぶしになっちゃってるところとか、空を見上げながら歩いて転んじゃうところとか)、よく研究されてるな、と思った。

 

3巻は成長が感じられる話が多いな、と思いましたね。

例えば技量的な話ですと、つむぎが包丁を扱えるようになったり、お父さんも料理が上手になりましたし、自発的に作るようになりました。小鳥さんもこれからきっと成長していくのだろうと思います。

そして精神面の成長が今回特に目を見張りました。

前述しましたが、つむぎの感情がひたすらにスパークしている巻で、感情が豊かになりながらもそれを出したりしまったりができるようになった。

成長しているな……と思うと同時に、お父さんも小鳥さんも成長しているんだなあ、と思った。

その感情をしまいこんだときに、お父さんが即座に気づくことができたりと周りも成長しているんですよね。つむぎに引っ張られるように、小鳥さんに引っ張られるように、誰かに引っ張られるように周りも一緒に成長している。

 

大人だって子供だってきっと死ぬまで成長し続けるんだろう。

甘々と稲妻を読むとそんなことを思います。

帯の「こわいしおもしろいしすごいんだよ」という言葉が言われる場面。

見逃しがちな当たり前の感情の機微を思い出させてくれる、素敵な話でした。

 

大人になってもいつまでも、怖いし面白いし凄いと思っていたいです。忘れないように、そういう感情をなくさないように、なんとか素敵に生きたいものです。

ちょっと下世話な話ですが、多少の臭さをともなったセリフとか展開をだしたいとき、幼い子供に言わせたり行動させたりすると厭らしさが緩和されますね。

子供の無邪気さがうまく機能すると、作為的なものを感じずに読めるなあと思いました。ほんと下世話だけど。

 

料理面で言えば、アジの回が一番印象深かったですね。

僕は肉より魚派だし、アジとかそういうヒカリモノが大好きなので、スーパーに駆け出しそうになりました。でも最近魚高いよなあ。秋刀魚とかねえ。

なめろうがこの世で一番好きな料理のひとつなんですが……お腹が減りましたねえ。

お腹が減ってご飯が食べたくなって、幸せなきもちになる。

それだけでいいじゃないか、と思えてしまえるような漫画ですね。

 

まとめ

甘々と稲妻は料理そのものに深い意図がある漫画ではないと思うんですよ。深い意図がある漫画の例はワカコ酒とかきのう何食べた?とか、食べ物が主題にある漫画とかですかね。

甘々と稲妻は「生活」の中にある料理を通した、人と人とのことが主題だと思います。

生きていたらそりゃあ楽しいことがあって、悲しいことがあって、それでもお腹が減るんですよね。

生きていくうえではもうご飯を食べることはどう足掻いても避けられないことですし、楽しいことや悲しいこととも必ず出会うんですよ。

そういう逃れようもない必然性を描いた漫画だな……と僕は思います。

 

はっきり言うと、僕個人の話でいえば甘々と稲妻はかなり感想が書きづらい部類に入ります。

僕は基本的にロジカルに物語を読み解こうとするのですが、甘々と稲妻は非常に言語化しづらい感情がそこかしこに散りばめられていて、感情的な感想しか書けない難しさがあるんですよ。

嬉しいとか、泣きそうになったとか、そういう感情的なことばかり書きたくなる。

 

このコマはこう描くことでこういう効果があるんですね、と書くことすら無粋に思えてしまう瞬間もある漫画だなと思います。書こうと思えばロジカルに書くこともできるのでしょうけど、この漫画にそんなことする必要はないし、必要性を見いだせないんですよね。

「あ、よかったな。面白かったな。幸せだったな」だけでいいような気がしてしまう。

ただそこにある幸福をひたすらに享受しつづけることが、この漫画の一番正しい読み方のような気がします。

 

 

まあなによりも食べ物の魅力に抗えない小鳥さん可愛いですよね。

先生に淡い恋のようなものを抱き、顔を赤らめる小鳥さんに本格的に恋をしそうです。夏休み中のメールを喜んでしまう小鳥さんのような方と、そろそろ運命的な出会いをしなければいけない気がしてきました。

小鳥さんみたいな方と、来世で出会えますように。

甘々と稲妻(1) (アフタヌーンKC)

甘々と稲妻(1) (アフタヌーンKC)

 

 よかったら、是非。

 

 次の巻も感想を書きました。

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