読者には誤読の権利がある

だから勘違いした感想書いてても許してほしい

さあ変ゼミを深読みしよう「変ゼミ9巻・TAGRO・感想」

 

待ち望んだ変ゼミ9巻が発売されました!

変ゼミ(9) (モーニング KC)

変ゼミ(9) (モーニング KC)

 

いやっほう!可愛い!

待ちに待った9巻です。

前に買ったのがいつだったのかもはや思いだせないくらい待ったのだが、待つ価値があるほど、全体のレベルが高い。

TAGRO先生の作品は大体どんなときでも平均以上は易々と越えていく印象がありますね。

TAGRO先生は自身の漫画を単なる記号の組み合わせ、ってDTO30で表現したことがあるんですけど、記号の組み合わせだけ上手い人間にはこんなもの書けないだろーと思いました。

 

 

変態漫画としては唯一無二の地点に辿り着いた作品

他の追随を許さないレベルにまで達してると思います。

僕は変態漫画~みたいなアオリのある漫画は変ゼミとくらべて読むことが多いが、大概の場合において変ゼミにボロ負けしている。

というより、変ゼミの方向性とその深さ、エンタメのバランスで勝てる漫画はおそらく現状では現れない気がするし、これ以上の深みを出せば出版できないし、できても絶対に売れないと僕は思っている。

超変態的なのにエンタメ、という点でベクトル違いは個人的にTOLOVEるダークネスとかだと思う。あれは魅せることに特化した変態漫画。

変ゼミは考えることに特化した変態漫画。哲学漫画と言い換えてもいい。

別にTOLOVEるが一番ってわけでもないけど、もっともわかりやすそうな例として挙げてみました。

 

 

今回の変ゼミだけど相変わらず最高だった。

例によって、ほどよく力が抜けた回がありつつも、変態性が高めで面白かった。ネタ切れしているだけじゃない? と言われてしまえばその通りなのかもしれない。

初期のころよりは、ネタが尽きてるのかなとは感じてしまったのも事実です。

でもネタ切れ、というよりかはキャラが立ってきたのでそっちの話を優先的にしたいかなとも思いますね。

今回はキャラ回が多かった。個人的には#74とかの田口回が好きです。この1mmも話を進める気のない与太話系の話が好きです。TAGRO先生の脳内を覗き見している気分になる。

9巻は読み始めたころは松隆巻だなーと思ってたら、後半につれて思い切り変容していったのが面白かった。相変わらずオチに使われちゃう松隆が可愛い。

個人的にキモオタ回の水越が素晴らしかった。

コムギが「ご苦労様」と言った後の の後のコマ。颯爽と帰ってくるシーンが本当に凄い。絵だけで雰囲気を一変とさせてしまう作画力です。

水越とコムギが絡むと紙面上の変態度が5割増しって感じですね。本当にブレないふたりです。そこが魅力的なのだけれど。

 

逆にブレによる魅力を出したのは、今回の市河とあんなの話。

キャラの属性を変容させることによって、別の魅力を引き出した好例だと思います。

この落とし方と話の進め方。真面目さとふざけをいったりきたりする構成の上手さはさすが。シリアスとエンタメのバランスの取り方が程よい。

7巻からのドラマパートにいったん区切りがついたって感じですが、それにしてもふたりの感情の機微が非常に美しかった。こういうの書かせると上手いしズルいよなあ。

僕はこういうものこそがラブコメだと思うんですが、いかがでしょうか。

そこにあるのは紛れもなく愛情なのに、湿っぽくならずコメディとして落とし込んでいる。

まさにラブコメ!!だと思うんですよね……あんまり賛同は得られないとは思うのですが。

 

 

個人的な白眉は#72の「心理的な絡み」

こういう松隆とコムギがだらだら絡んでいるだけの回は当たり回だと思っていまして……ドラえもんとかコナンとかも事件が起こる前のゆるい談笑パートが好きな僕としては、こういう話がいくつも続けばいいと思ってしまう。

ちょっとした知的好奇心を満たされるのもいい。

ささやかな充足感は漫画及び生活していくうえで非常に重要ですね。

 

まとめ

それにしても変ゼミは偉大な漫画だ。

この漫画のせいで、別に気づく必要のなかった性癖をいくつ発見したことやら。

実生活にまで影響を及ぼす漫画こそが、漫画表現の成功例として疑わない僕ですが、その点において変ゼミは完璧に近いものがあるなーと感慨深く思った。

 

 

ってことで、変ゼミだけしかTAGRO作品を読んでない人はこれも読もう。

DON’T TRUST OVER 30 (星海社文庫 タ 1-2)

DON’T TRUST OVER 30 (星海社文庫 タ 1-2)

 

 TAGRO先生の漫画観とか人生観とかが垣間見える快作。これを再版した星海社は全力で褒め称えたい。

特に表題作の「DON'T TRUST OVER 30」TAGRO先生の魅力がギッチギチに詰まった作品で、気だるい日常に垣間見えるリアルさとか、ふざけと真剣さを軽やかに飛び回る展開づくりとか、最後のふきだしの台詞での落とし方とか、もう完璧すぎるくらいに完璧。

一冊でTAGRO先生の魅力が詰まっている。

振り幅が大きそうにみえて、実はかなり狭いTAGRO先生の面白さを感じたいなら、この一冊は外すべきじゃないと思います。

 

 

2014.08.20に追記しました

9巻を再読したので、ちょっと気づいたことを追記。

やっぱり漫画はいくらか時間が経ってからもう一度読み返さないと良さがわからないと思う。

冷静な目線で読み返してみると、また新しい発見がありました。

 

 

コムギと松隆の話

僕は9巻は市あん巻だと前述したのですが、もしかしたら松隆とコムギ巻なのではないかと思い直した。

市あんも当然大事な要素ではあるのだけれど、じわじわと松隆とコムギの関係性が変容しているように感じました。

具体的には松隆の友達(金髪の子。変ゼミキャラの中で一番性的な子のことです)と、変ゼミに関する話をしていたとき、松隆が変ゼミを擁護するんですね。

あれだけ変ゼミを苦だと思っていた松隆がですよ。

そして「自分にとっての変ゼミ、変態、恋愛」に関して論ずる。

ここで松隆の心情の変化に心打たれるわけですけど、その人間性の変化を如実にあらわしているエピソードが連続して続いているから、非常に効果的なんです。

 

 その効果を増長させているのが、話の並びなんです。

#66~#68って春夏秋って順番で話が続いてますよね。

この3話は全てコムギと松隆の話なのですが、その3話の中で、松隆の変態に対する考え方がどう変化しているのか描いているんですよ。

季節を移り変えながら話を進めることで、作中での時間経過を感じさせ、ふたりの関係性とか考え方もゆっくりだけど変容しているんだなあ……と感慨深く思えるんです。

 

そして最後にはいつもコムギに委ねたり、振り回されるだけの松隆が、自分からコムギに歩みよるんですよ。

あれだけ拒んでいた変態の渦中に、自らの意思で飛び込むんです。

これは感動ですよ!!

春はやんわり拒絶しているけれど、夏には自分なりに考えながら実行していて、秋になると他の触発があるにせよ、自分からコムギに接触し変態的行動に及ぶ。

そして冬には自発的に変態としての思想を語るまでに至る!!!

時間が動くことで人も変わる!!! これが高いレベルで描いている!!

松隆の変態に対する思想が変わり、それを自覚したことでふたりの関係が変わる瞬間ですよ。

これに感動しないでどうするんだ!!

 

 

この関係性の変化は個人的に市あんよりも頷けるものがありました。

こっちのほうが凄く丁寧にねっとりと描かれているのに、市あんばかりが取り上げられていて僕は非常にヤキモキしていたのです。

していたのです!!!!

 

他に追記するならば#66の「自分がいつ男性用にできていると思った?」という言葉は#68の「誰かひとりで~アブノーマルって認めてもらえるの」に繋がっているのかなと思いました。

「その人にだけ違う」というのがミソで、「自分がいつその人にだけは違う存在でいられると知覚できるか」というのがキーなのかな……と思いました。

究極の変態とは、ある一個人だけの為の身体(思想)に変容していくことなのかな。

と思ったりもしました。

で、あるとするならばつがいとなった夫婦とはつまり……?

最良の夫婦というものがあるとするならばつまり……?

と考えたところで……市あんという結論ですよね

これはやられた。

やられるほかない。

 

 

市あんの話

春夏秋という時間経過をみせておいて、#69~71だから上手いんだよな。

変ゼミメンツが過ごしてきた時間の濃密さを更に味わえる。

僕は最後だけ「そこにキミが現れたら俺だって嬉しいっちゅーの」ってところで、そこまで「チミ」だったのが、ここだけ「キミ」になっている!!

完全に市河さんがあんなを受け入れた!!ってところに感動したのですが……

おま……チミは  今までのチミだったんだから」でも人称が変化してるんですね。

なんでこれ見逃したんだろ……。さらっとしすぎて気づけなかった。

これをただの照れ隠し……と受け取ってもいいんですけど、更に深読みするならば……

市河さんはここでもう既にあんなのことを受け入れているけれども、あんなが自分のことをどう思っているのかに関して確証がないために、素直に感情を披瀝できなかった。

だからこう振る舞ったのかな……と。彼が童貞であるという点も含めても、意外な感じもしません。特に市さん、変なところで恥ずかしがり屋なので。

で、最後にあんなが歩み寄ることで、そのもやもやが氷解して、更に人称が変わり……あのエンドに至る。三段階なんですね(実際はもっと段階あるがここでは割愛)

読者には誤読の権利があるので、どう考えようが自由だと思います……間違ってたら許してください。

 

あとこの話のなにが素晴らしいかっていうと、オチですよ。

結婚のほうではありません。

僕がここで注目したい点は、最後にちゃんと変ゼミ「らしい」の空気を取り戻してるところです。

 

人間ドラマだけじゃなくて、変ゼミ読者が求めている要素のひとつである、変ゼミ的エンタメ要素をきっちり回収する。

このバランスの取り方が最高なんです。まさにTAGRO節だと思います。吐瀉物オチってのも含めて。

喜劇としての大団円を構築するために、松隆を配置したりするところがなんというかどこまで構成練ってるんだろう……と思いますね。

 

 

そして#72の心理戦

これ告白じゃん? と思ったのですが、いかがでしょうか。

コムギの122ページからのセリフってもう告白だよなあ……。

この答えは次巻に持ち越しでしょうか。

 

 

#73はTAGRO先生の怒りが表現されてる

……ような気がする。誤読かもしれないけど。

なんていうか……似非変態に対するアイロニーなのかな? と穿って読んでみました。

オチはさらっと「らしく」まとめたものの、その前の展開はちょっとした皮肉にもみえなくはないな、と思ったんですね。

「その程度で変態を語るな」という読書に対する警告に僕は見えた。

変態というものの真意(心意)を履き違えて語る人間が多いことに対するアンチとでも言えばいいのでしょうか。

変態ぶっていることをステータスとしている人間に対しての強烈な皮肉を、非常にわかりやすい例と構成力でまとめあげた回、って印象が強いですね。

表面的なものだけ見すぎていることに対する警告のようにも僕には感じられて、少しだけ身が引き締まる思いだった。考え過ぎかもしれないが。

それにしてもこの回の水越の「颯爽感」はすごい。何度も言う、すごい。

 

 

変ゼミは目線がめちゃくちゃ大事な漫画

目線というよりは視線でしょうか。

その動きで感情の機微が描かれています。当然身体の動きでもあるんだけど、僕が強く感じたのは視線の動き方だなと思った。

そこを見ながら読むと、非常に面白かった。

 

 

 

まとめ

とりあえず今回はこれぐらいにしておきます。変ゼミは永久に発見がある稀有な漫画なので、語れば本当にキリがないです。

再読するとそれが正解にせよ不正解にせよ、見えてこなかったものが見えます。

僕にとって漫画は、

「正解であれ不正解であれ、自分はこう思ったが、みんなはどう思ったんだ?」

ということを論議するためのツールなんだなと思いました。

その点において、僕にとって変ゼミは最高のツールなんですね。

 

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

長くて本当に申し訳ないです……。

 

変ゼミ(10)

変ゼミ(10)

 

 

変ゼミ(11)

変ゼミ(11)

 

 画像上で 上手く手を繋がせてやれないもんかと試みましたが失敗したので、普通に巻数の順番で貼っておきます。

 

TAGRO先生の原作作品はこちら

つーつーうらうら☆ダイアリーズ (1) 特装版 (IDコミックス/REXコミックス)

つーつーうらうら☆ダイアリーズ (1) 特装版 (IDコミックス/REXコミックス)

 

 

 

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