読者には誤読の権利がある

だから勘違いした感想書いてても許してほしい

お察しのとおり、途中で考えることに飽きた日記

 

驚くほどなにもしてない。

休日3日目だが、恐ろしく無為な生活をしてしまった。

生産活動もしなければ、消費活動すらしていない。ずっと寝ていたので食事もとっていない。部屋を軽く掃除しながら、輪るピングドラムを少し観ていたくらいだ。

個人的にに生産活動も消費活動も気合いれてやらなければ、やらないのと同じだと思っているので、人よりも定義は違うかもしれないけれど、それでも今日は本当になにもしていない。輪るピングドラムも内容をほとんど覚えていない。

なんだろうこれーと思いながら、過ごしていたわけですよ。

 

ただ、冷静に考えてみると大学生活ってずっとこんな感じだったような……そしてそれが心地よかったような気が……と思っていて。

僕はいわゆる「意識の高い学生」ではなかったので、サークルで楽器を弾いて、時々誰かとお酒を飲んで、ゲームして読書して長い時間眠っていられれば満足するタイプの人間で、それほど真新しいなにかを求める人間じゃなかったはず。

それなのに、今日の無為な生活をどこか後悔している自分がいて、これはどう考えても就職したことが原因だなーと思ったりした。価値観が塗り替わっているというか、だらだら過ごしていると変な焦燥感に苛まれてくる。

 

時間に無駄なんてものはない、なんて哲学的なことをほざき始めるとまとまらなさそうなので、今日の「昔の僕の理想的な時間」が今の僕はが「無駄」だと考えてしまっている理由は、おそらく「このままではまずい」という焦り。

大学生のうちはいろいろなものに保護されている期間であるため、だらだらしていても焦りが募らない。先行きの不安さを知覚しづらい。自分の未来が見えてないという状況がそうさせていると思うんだけど、今は違う。

今の生活がヘタするとあと40年続くぞ……という不安がある。

大学生活のときと違って、未来がぼんやりと形になってきてしまっている。

ハイパー社畜として一生を終える可能性がある。

 

はっきり言わなくても、僕はいつだって仕事がやめたいし、こんなことを40年続けられるとは到底思えないのだけれど、だからといって仕事やめてどうすんのお前? という自問が生まれる。

別に僕にはなにかを成したいとか、そういう大仰な願いは別になくて、毎日だらだらしていられたら最高なんだけれど、現在仕事を続けている以上は例え4連休だろうと「いつかはあの地獄に舞い戻される」という不安感があり、日常を全力でだらだら過ごすことができないでいるわけです。

このあらゆる焦燥感を振り払う為には行動するしかないんですよ、もはや。

だから最近、意味不明なサウンドノベル作ったりしているのですが、これが結果に結びつくとは思えなくて、やっぱり無為なことしているのかなーとぐるぐる思考が回っている状況。

 

でも仕事をしている以上は、そういう時間を上手くとれずにいるんですよ。

で、もうすげえやきもきし始めて、頭のなかですげえ考えた挙句いきついた結論が

 

仏門に入ろう。

 

だから、なんかもう本当にどうしたもんかな。

もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら (ちくま文庫)

それはそれとしてこれめっちゃ面白いから、読んだほうがいいよ。

僕の大尊敬する架神恭介先生の作品です。感想はいずれ。

(これ買ったのも何年前だよ……とか考え始めたらびっくりするくらいヘコんできた)

 

 

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