読者には誤読の権利がある

だから勘違いした感想書いてても許してほしい

「野ブタをプロデュース」を思い出す

 

なにがきっかけかはさっぱり忘れてしまったけど、「野ブタ。をプロデュース」読んだ。面白かった。

野ブタ。をプロデュース (河出文庫)

野ブタ。をプロデュース (河出文庫)

 

 確かこれを初めて読んだのは中学二年生のころで、なにかやたらと読みやすかった印象があったけど、今読み返すとその理由が簡単にわかった。文体がラノベっぽいんだな。特に一時期流行った有能系やれやれ主人公の語り口にそっくりだ。これは時代を先取りしてるなーと感心した。このころは斬新だったんだろう。そうでもないのかもしれないけど。

リアル中二だった僕はこの文体が凄く好きだった覚えがある。なんかこのスカした感じはやっぱりリアル中二は否応なしに惹かれてしまうのだ。まだ面白いやつよりもクールなやつのほうがモテると信じて疑ってない時期だ。

その結果、桐谷修二がクソかっこいいなーと思っていた。やっぱりリアル中二はこういう「世の中のこと全部わかってますよ、俺は他とはちょっと違いますよ」って感じのキャラは惹かれちゃうよね。それでいて有能だと尚更ね。投影しちゃうよね。

僕も例に漏れずに思ってたよね。桐谷修二みたいになりたいなーと思ってた。

 

そういえば昔は最後まで読んで「これバッドエンドじゃん」と思ってたけど、今読むと全然感想違うもんだなー。この諦観しつつも希望を見出すエンドをバッドエンドと呼ぶのは早計というか、いささか読み込みが浅いとしか思えない。まあ14歳という年齢だし、当時完璧にアホの権化であったあの頃の僕にそこまで読み込めというのは酷な話だ。

 

最後に結局、桐谷修二は桐谷修二であることをやめられず、また別の場所で桐谷修二になることを決意するんだけど、これは別の場所に逃げてもいいんだよというメッセージに思えた。同じ場所に留まり続ける必要性なんてないっていう話にも思えて、なんかいいなあと今だと思える。桐谷修二であるためには現状ここにいる必要はない、って判断をしたとも読み取れるからただの彼のクレバーさの表現でしかないかもしれないけれど。

しかし、これは現在の立ち位置や学校がすべてだと思っている人たちにとっては、ちょっとした希望に思えるんじゃないかな? と思えた。当時の僕にはまったくそう読み解く力はなかったけれど。

あと「桐谷修二」は「俺」ではなく「桐谷修二」であることを選んだ、っていうのもあの頃は読み込めなかった点だったなあ。

上手く言える自信がまったくないんだけど、桐谷修二は後半で「俺」と同化し始めていて、段々と理想と現実が曖昧になっていって最後には完全に「俺」の言葉を野ブタにぶつけてしまう。

スマートな桐谷修二らしくないブサイクな言葉ばかりを並べてしまっていて、マリ子に見せてしまった「俺」としての弱さ。

ここで「俺」が「彼が作った居心地のよい毎日」と語るシーンが凄く印象的だった。

で、桐谷修二は「俺」になることも可能、つまり「桐谷修二」という偶像を脱ぎ捨てることができたわけだけれど、最後まで彼は「俺」と「桐谷修二」のどちらにつくこともできず全てを失う。

で、ラストシーンですよ。最後に次は完璧な「桐谷修二」であり続けることを決意するシーンですよ。「偶像」であることを選択するシーン。加護ちゃん(冒頭の話ね)は卒業するかもしれないけど、俺は卒業しねえぞというシーン。これは昔は全然わからなかったけど、今は「おー」と思った。ここに繋がるのね、と感心してしまった。プロデュース作戦への呼び水としての布石でありながら、結論への布石でもあるあたりに幾度とない推敲のあとが見えて好感度上がった。やっぱ頑張ってる姿がみえると、補正がかかっちゃうなー。

ちょっととっちらかった説明になっちゃった。ま、いっか。いつかまた何年か経てば言語化できるようになるんだろうか。もっと本を読まねば。

 

閑話休題

 

物語は若干ご都合主義的な展開が多いものの、まあそうしないと話進まないからスルーした。ちょっとチープさが目立つ感じもするけど、作中の高校生があまりにバカなのは逆にリアルだと思う。そうそうリアルな高校生って結構なにも考えてないし、一度信じ込んだことはなかなか否定できないよね、とクソ大人代表みたいな視線で読んだりしていた。

にしたってお前らもうちょっと理性的に話し合えと思ったりもした。でもその理性的からもっともかけ離れた存在が中高生だからなあ、しょうがない。

 

ドラマ版で「人生はゲームだ」ってセリフがあるけれど、あれが希望の言葉に聴こえる最後だなーと思ったり。桐谷修二を通して「所詮人間なんて、所詮人生なんて」という諦観が作中に含まれている気がするのは穿ち過ぎかな? 

たかだかゲームなんだから、何度でもやり直せるし、どうなっちゃってもいいじゃん、っていう希望を提示していると思うんだよね。だからこれはハッピーエンドではないけど、バッドエンドでもないし、そもそも終わらなかったという結末なのではないかと思うわけです。

最後「光りあふれる教室」って形容した意味はそこにあるのかな、と思った。

 

まあ野ブタ。をプロデュース、さらっと読める割には面白いなあと思った。既読とはいえ1時間で読めるとは思わなかった。通勤中に是非。中学生の僕は文庫版を買うという知識はなかったけど(そもそも当時出てなかった気もするが)、文庫版ならさらっと読めて持ち運びやすいんじゃないだろうか?

 

あと「野ブタ。をプロデュース」の「。」は「モーニング娘。」のオマージュだーとか今なら気づけること多いな思った。あの頃はそんなこと気にもしなかったからなあ。雑に年齢を重ねてもそれなりに読解力ってのはつくものですね。

 

 それにしてもドラマ版はいろいろとぶっ壊れていたが(もうあんまり覚えてないが当時はそれなりに楽しんでいたような気もする)、桐谷修二が亀梨和也というのはベストキャストすぎるな、と思った。超ピッタリ。あと堀北真希が可愛すぎる。

野ブタ。をプロデュース DVD-BOX

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 可愛すぎるから、堀北真希と結婚したい。

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