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生還

音楽 他愛もないやつ

 

台風ですね。

会社に直撃すればいいのに。

 

そう願う人はおそらくたくさんいると思いますが、僕も例に漏れずそう思っています。

しかし、学校は台風がこれば休みになりますが、会社は台風であろうと行かなければいけないというふざけたことがあるので、油断なりません。

今日の朝、社内で台風が直撃した場合に誰が出社するべきかというまことにふざけた話し合いが行われていました。その場で全員撲殺してやろうかと思うのを堪えながら話を聞いていましたが……ま、どうやら僕は会社に出なければいけないようです。新入社員ってやつは立場が低いですね。本気でキレそうになりましたが、大人なので我慢しました。

どう?えらい?(転んだメイがさつきに聞いた時の感じで)

台風が直撃したら全員おとなしく家で待機するのが当たり前だと思うのですが……常識というやつは社会ではなかなか通用しないようです。死人が出ても知りませんよ、僕は。上司の家に局地的暴風雨が起きることを願っています。

本気で台風のなか会社に行きたくないので、ガツンと逸れてくれることを願います。僕にはまだあと8連勤も残っているのだから、こんなところで無理をする道理はない。

はあ……仕事やめてえなあ、おい。

 

 

前回の記事朝井リョウの「学生時代にやらなくてもいい20のこと」の話をしましたけれども、あの中に東京から京都まで自転車で行くという項目がありまして、ゲラゲラ笑いながら「バカだなー」と笑っていたのです。

 

が、冷静に考えたらそれに近いことを自分でもやっていたなと……。

 

僕も東京から新横浜まで自転車で行ったことあったなと。

東京っていうか多摩からですけど……いやまあなんにせよアホですけど。

距離も微妙ですし。確か朝出てその日の夜に帰ってきたと思うんですよね。

買ったばかりの緑の自転車(三回の盗難にあうものの、奇跡の発見で何度も甦ることから賞賛を込めてルイージと名付けた。ちなみに四回目の盗難で帰ってこなくなった)で多摩から新横浜まで走り抜けましたよ。

 

もう4年くらい前の話なのであんまり覚えてないのですが……なんでそんなことをしたのかというと、当時僕の尊敬する細美武士くんがエジプト旅行をしてて、それを日記にあげてたんですよね。

で、まんまと影響されまして、僕も旅がしてえと思うようになったんですね。

しかもそのとき水曜どうでしょうも見ていてですね、もう僕の頭の中は「旅」というワードでいっぱいだったんですね。目的もなく当て所ない旅がしたいという気持ちでいっぱいだったんですよ。

今から思うとバカなんですけど、18歳~19歳なんてそんな時分じゃないですか。もうしょうがないですよね。しかも僕は人とはちょっと違うことがしたいとかいう考えを捨てきれてない痛い子じゃないですか? もうねえ? しょうがないんですよ。

8月で夏休みだし、なんか朝起きた瞬間に「この感じ……旅だな」とか思って大した準備もせずママチャリに跨っていったんですよね。清々しいまでにバカですね

 

なんで新横浜なのかっていうと「この多摩の道(確かそのときは聖蹟桜ヶ丘の大通り)の突当りまで走ってみよう」って考えたんですよね。で、その突当りが新横浜だったわけです。確か「海が見れたらそこで終わり」って気分もあったのですけれど、なんか海全然見えませんでしたね。

なんでしょう……自分のことながらここまで頭が可哀想な子であった覚えはないのですが。

まあ僕は真性の方向音痴なんでその考えに至るプロセスは簡単に想像できますけどね。おおかた帰ってこれなくなるのを危惧したのでしょう。夜泊まることもせず帰ってくるあたりが、非常に何事も中途半端な僕らしい。

 

でも、今思うと相当思い出深いんですよね。

アジカン君繋ファイブエム聴きながら坂を走り続けたあの日を思うと。フラッシュバックしますよ。景色とか空気感とか。

風が気持ちよかったり、誰もいないから大声で歌えたり、野球の練習している子供達が一生懸命だったり、途中で食べたAKB監修の焼き肉おにぎりが凄く美味しかったりとやたらと思い出深い。

旅をしようと思わなかったら決して出会うことのなかった景色が見れたことは間違いない。なんか途中に岡本太郎の美術館があってそこにふらりと立ち寄ったりもして、やたらと楽しかったことを覚えている。

途中深い竹藪みたいなところに入り込んで、ただただぼーっとしてみたり、デジカメでいろいろな写真を撮ったりしながら、こんな景色はもう二度とみれないぞと「なんだか特別なことをしている感」に酔いしれていた。

いろいろ寄り道してるから距離的には大したことではないけど、思い出としては局所的ではあるが、凄く鮮明に思い出せる。

 

新横浜という看板と突当りについたときの感動は大したもんだった。。ただただひたすらにまっすぐ自転車を漕ぎ続けて大きな壁に阻まれたあの瞬間。左右に伸びていく道を眺めて「ああ、どこにでもいけるぞこれ」と思えたあの瞬間は結構感動的でしたね。

 

ただ問題は帰りですよね。

 

いや死ぬかと思った。マジで。

今もですけど、昔も僕金なかったんですよ。そりゃもう悲しいくらいに。

だから帰りの道中最後のコンビニで「まあこのぐらいの距離なら食わなくてもいけるっしょ」ってなぜか安易な考えを抱いてしまったんですよね。自分の若さと体力を過信しすぎたんですよね。

まあもう予想できると思いますけど、道中で倒れましたよね

お腹減りすぎて。

お腹減った状態で自転車なんて漕げるわけないじゃないですか? そんなこともわからないくらいアホだったんですかね、あの頃の僕は?

アホだったんでしょうねえ……

普通に考えて何時間も自転車漕いでる人間がなぜおにぎりふたつだけで全ての食事を終えようとしたのでしょうか? 頭が悪すぎる。

満足に動けなくなりながら、自転車を手で押し、叫び声もあげる余力も見つけることができず、ただただ歩く。

遠いよ多摩。帰りたいよ多摩。なんでこんな遠くまできちゃったんだ。山ばかりじゃないかこれ。どこにでもいけるじゃないよ。どこにもいきたくない。ただただおうちに帰りたい。ラブホームだ。調子に乗ってすいませんでした。

頭の中で呪詛のような後悔が続々と生まれてくる。たまらずイヤフォンで耳を塞いでも、耳元で鳴り響くsyrup16gが嫌に胸に沁みます。

汗かいて人間です。必死こいて人間です。

ex人間がこんなにも沁みたのは初めてかもしれません。泣きそうになりました。っていうかちょっと泣いてました。

どこで曲がったらよかったどこで間違えた? 教えてよ。

頭の中で鳴り響くsyrup16g。どこで曲がったもなにもまっすぐしか進んでないのに、曲がり角なんて選択してません。なにを間違ったかといえば大した準備もせずに旅に出た瞬間から間違いは起きていたのです。

 

……とまあ、文句たらたらながらも行きの倍の時間かけて家にたどり着きました。たどり着いたら先ほどまでの倦怠感など吹き飛び……大したこともしてないのにどでかい達成感で満たされていました。我ながら本当に幸せな脳みその持ち主ですが、まあ当時の僕にとってはどうでもいいことです。

生きて帰れた。

それだけで僕の心は満たされていました。生還できたことだけが喜びでした。それ以外のことはどうでもよかったのです。

僕は最高のシャワーをあびて、くたくたになった身体を布団にあずけて、一日かけて様々な思い出を撮ってきたデジカメを鞄から取り出しました。

 

取り出せませんでした。

 

見つかりませんでした。どこを探しても。

 

ええ、道中……おそらく倒れて泣き言いいながら歩いていたときに落としたんでしょうね。

全ての思い出がつまっているデジカメをどうやら落としてしまったみたいです。

今でも覚えているのですが、そのとき部屋でかかっていたのがずっと聴いていたsyrup16gで……頭の中にふと替え歌が浮かんだんですよね。

 

カメラを落としても誰も、拾ってくれないよ、それでいいの。

 

って。

 

ははは、いいわけねえだろ。

 

というかたちで僕のどうしようもない冒険の話でした。

読み返してみるとあんま内容ないし、かなりどうでもいいですね。3500字強もなに書いてあるんでしょうかこれ。

言うまでもないですが、デジカメは未だに見つかっていません。見つかったとしてもなにやら鬱蒼とした草原の写真が何枚も入っていたり、頑張って自撮りをしようとするヒョロヒョロメガネが写っているだけなので、是非とも永遠に見つからないで欲しいと願うばかりです。

 

まあ、なんにせよsyrup16g、復活おめでとう……って言いたかったってわけです。

待ってたぜ!!

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